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横浜地方裁判所 昭和60年(ワ)1285号 判決

原告

外(そと)井(い)充(みつ)正(まさ)〈仮名〉

被告

右代表者法務大臣

鈴木省吾

右指定代理人

田中澄夫

外五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、四二万九一二二円並びに内金六万九〇〇〇円に対する昭和六〇年三月一六日から、内金三〇万〇二〇〇円に対する同年八月二四日から、及び内金五万九九二二円に対する同年九月六日から各支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文と同旨

2  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和五九年四月二四日、「とのいじゆうせい」の呼称で、神奈川県知事を経由して外務大臣に対し、数次往復用一般旅券(以下「旅券」という。)の発給申請をし、同月二六日、旅券番号MG六九〇一五六六「とのいじゆうせい」名義の有効期間五年の旅券(以下「本件「とのいじゆうせい」名義旅券」という。)の発給を受けた。

2(一)  原告は、その後、本件「とのいじゆうせい」名義旅券を紛失したと思つていた。

(二)  そこで、原告は、昭和五九年六月二六日、「げのいみつただ」の呼称で、東京都知事を経由して外務大臣に対し、旅券の発給申請をし、同月二八日、旅券番号MG七二一八四一〇「げのいみつただ」名義の有効期間五年の旅券(以下「本件「げのいみつただ」名義旅券」という。)の発給を受けた。

3(一)  原告は、昭和六〇年一月五日、神奈川県海老名市役所に対し、フィリピン国籍のF・W・Aと婚姻した旨及び戸籍法一〇七条二項に基づき氏を「外井」から「A」に変更する旨の各届出をし、これが受理された。

(二)  そこで、原告は、昭和六〇年三月一六日、原告の氏変更に伴う旅券記載事項の訂正のため、神奈川県旅券事務所に赴き、同所職員に対し、本件「とのいじゆうせい」名義旅券を提出した。その際、同職員は、原告に対し、「訂正のために旅券を外務省に送付するが、約二週間程で手続が済むので、それが済み次第原告に通知する。」旨述べた。

(三)  しかしながら、本件「とのいじゆうせい」名義旅券の提出から二週間を経過しても旅券記載事項訂正の手続がなされなかつたので、原告は、右訂正の手続をとりやめて同旅券を取り戻すこととし、昭和六〇年四月一一日、外務省領事移住部旅券課(以下「外務省旅券課」という。)に赴いたところ、同課係官は、原告に対し、同旅券の返還を拒否したうえ、「原告が同旅券を外務大臣に返納しなければ、旅券法に基づき、原告を旅券の二重取得の罪により告訴し逮捕する。」旨申し向けて脅迫し、かつ、別紙のとおりの外務大臣宛の旅券返納と題する内容の書面(以下「本件旅券返納書」という。)の作成を強要した。このため、原告は、気が動転し、逮捕されることを懸念し、同書面を書くことを余儀なくされた。

4  また、原告は、パキスタン航空PK七六三便によるマニラ経由バンコク行の海外団体旅行に参加するため、昭和六〇年八月二四日、新東京国際空港に行き、同空港において、入国審査官に対し、本件「げのいみつただ」名義旅券を提示したところ、同審査官は、外務省から同旅券が無効である旨の通知を受けているという理由により出国の確認を拒否した。このため、原告は、右海外団体旅行に参加することができなかつた。

5  更に、原告は、昭和六〇年九月五日外務省旅券課に赴き、同課係官に対し、本件「とのいじゆうせい」名義旅券の返還を請求したところ、同係官は、原告に同旅券を返還したが、同時に本件「げのいみつただ」名義旅券を旅券法(以下「法」という。)二五条に基づき没取する手続をとつた。

6  原告が発給を受けた本件「とのいじゆうせい」及び本件「げのいみつただ」名義の各旅券はいずれも有効であり、本件「げのいみつただ」名義旅券を外務大臣が没取することはできない。

従つて、被告の係官らがなした前記3項(三)、4項及び5項の各行為は違法であり、被告は、これにより原告の被つた損害を国家賠償法一条一項に基づき賠償すべき義務があるところ、その損害額は、次のとおりである。

(一) 原告が本件「とのいじゆうせい」名義旅券を使用できなかつたことにより被つた損害額は、次のとおり、三万〇二二二円である。

(1) 使用不能期間は、昭和六〇年三月一六日から同年九月五日までの一七四日間である。

(2) 同旅券取得費は、次のとおり、合計二五万三七〇〇円である。

(イ) 印紙代 八〇〇〇円

(ロ) 申請書類代書代 二五〇〇円

(ハ) 写真代 一五〇〇円

(ニ) 電車賃(二往復) 一七〇〇円

(ホ) 休業損失 二四万円

原告は、時給として通常三万円を得ているところ、同旅券取得のため、神奈川県旅券事務所に二度出頭して合計八時間を費した。

(3) 被告は、同旅券を前記(1)の一七四日間不当な行為に基づき保有していた。その間の前記旅券取得費に対する年五分の割合による金員の額は、次の算式により、六〇四七円である。

(4) 前記旅券の有効期間は五年間であり、原告は、そのうち前記(1)の一七四日間使用できなかつた。同旅券取得費のうち、右使用不能期間に相当する金員の額は、次の算式により、二万四一七五円である。

(5) 前記(3)及び(4)の合計額は、三万〇二二二円である。

(二) 原告が前記3項(三)のとおり、本件「とのいじゆうせい」名義旅券を取り戻そうとした際外務省旅券課係官からその返還を拒否されたうえ脅されるなどしたことにより被つた精神的苦痛を慰謝するには、六万九〇〇〇円をもつて相当とする。

(三) 原告が前記4項の海外団体旅行に参加することができなかつたことにより被つた損害額は、東京発マニラ経由バンコク行の通常往復料金二九万六〇〇〇円、原告の自宅から新東京国際空港までの電車賃往復料金四二〇〇円の合計三〇万〇二〇〇円である。

(四) 原告が前記5項のとおり本件「げのいみつただ」名義旅券を没取されたことにより被つた損害額は、次のとおり、同旅券取得費に相当する二万九七〇〇円である。

(1) 印紙代 八〇〇〇円

(2) 申請書類代書代 二五〇〇円

(3) 写真代 一五〇〇円

(4) 電車賃(二往復) 一七〇〇円

(5) 休業損失 一万六〇〇〇円

原告の時給を二〇〇〇円とし、原告は、同旅券取得のため、旅券事務所に二度出頭して合計八時間を費した。

7  よつて、原告は被告に対し、前記6項(一)ないし(四)の損害金合計四二万九一二二円並びに同項(一)の金員(三万〇二二二円)に対する昭和六〇年九月六日から、同項(二)の金員(六万九〇〇〇円)に対する同年三月一六日から、同項(三)の金員(三〇万〇二〇〇円)に対する同年八月二四日から及び同項(四)の金員(二万九七〇〇円)に対する同年九月六日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の各支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1項の事実は認める。

2  同2項(一)の事実は否認し、同項(二)の事実は認める。

3  同3項(一)、(二)の事実は認める。同項(三)のうち、原告が昭和六〇年四月一一日外務省旅券課を来訪したことは認め、その余の事実は否認する。原告が同日外務省旅券課を来訪した際、同課係官は、原告に対し、二重発給された本件「げのいみつただ」名義旅券は法四条の二に違反し無効であるとして同旅券の返還を求めたが、原告がこれに応じないため、同旅券が返還されるまで本件「とのいじゆうせい」名義旅券は外務省で保管しておく旨申し入れたところ、原告は、これを承諾し、その場で本件旅券返納書を作成し、同係官に交付したものである。

4  同4項のうち、原告が昭和六〇年八月二四日新東京国際空港において入国審査官に対し本件「げのいみつただ」名義旅券を提示したところ、同審査官が外務省から同旅券が無効である旨の通知を受けていたので出国の確認を拒否したことは認め、その余の事実は知らない。

5  同5項の事実は認める。

6  同6項のうち、本件「とのいじゆうせい」名義旅券が有効であること及び本件「とのいじゆうせい」及び本件「げのいみつただ」名義の各旅券の印紙代(手数料)が八〇〇〇円であることは認め、その余の点は争う。

三  被告の主張

1  原告は、昭和五三年四月八日、「そといみつまさ」の呼称で神奈川県(本籍石川県能美郡川北村、住居藤沢市善行)知事を経由して外務大臣に対し旅券発給申請を行い、同月一〇日、旅券番号ME六〇八三〇一九の旅券(以下「旅券①」という。)が発給されたが、同五六年一一月二四日、右旅券を紛失したとして神奈川県(本籍同県海老名市今里、同五七年一〇月二一日厚木市元町より転籍、住居相模原市相模大野)知事を経由して外務大臣に対し、旅券再発給申請を行い、同年一二月一二日、旅券番号MG二八六五五〇三の旅券(以下「旅券②」という。)が発給された。

2  原告は、昭和五七年一〇月二一日、フィリピン人女性M・S・M(一九五七年三月三一日生)と婚姻の届出をしたが、同年一一月七日、フィリピン国において、フィリピン人女性の不法周旋の疑いで逮捕され、告訴取下げにより釈放された。

3  原告は、昭和五八年四月一五日、旅券②の期間満了に伴い、神奈川県(本籍、住居とも前同)知事を経由して外務大臣に対し、旅券発給申請を行い、同月二六日旅券番号MG五一五六六八〇の旅券(以下「旅券③」という。)が発給されたが、同五九年四月二四日、「とのいじゆうせい」と呼称が変更したとして、神奈川県(本籍、住居とも前同)知事を経由して外務大臣に対し、旅券発給申請を行い、同月二六日本件「とのいじゆうせい」名義旅券が発給された。なお、右申請時において旅券③が返納された。

4  原告は、昭和五九年五月二九日、本件「とのいじゆうせい」名義旅券によりフィリピン国に入国しようとしたが、同国官憲から「そといみつまさ」と同一人物であるとして入国を拒否された。

5  原告は、昭和五九年六月二六日、「げのいみつただ」の呼称で東京都(本籍相模原市相模大野、同年四月二一日転籍、住居品川区東五反田、同五九年六月二六日転居)知事を経由して外務大臣に対し、旅券発給申請を行い、同月二八日、本件「げのいみつただ」名義旅券が二重に発給された。

6  昭和六〇年一月五日、原告は、F・W・A(一九六一年二月一三日生)との婚姻の届出をし氏をFに変更した旨の届出をしたが、同年三月二八日同女との離婚の届出をし、同日フィリピン人女性L・R・S(一九六〇年九月一二日生)との婚姻の届出をした。

7  昭和六〇年三月一六日、原告は神奈川県庁係官に対して妻の姓を呼称したい旨相談し、本件「とのいじゆうせい」名義旅券を提出した。

8  ところが、昭和六〇年三月一八日、パキスタン航空社係員から神奈川県庁に対し、「とのいそといふろ―れすげのい」と自称する者について、旅券発給事実の確認方依頼があり、調査の結果前記二重発給の事実が判明した。

なお、原告は本件「げのいみつただ」名義旅券で、同五九年一二月一七日及び同六〇年一月一九日の二回出国している。

9  昭和六〇年四月六日、原告は外務省旅券課を来訪し、前記7に関する申し入れにつき許可するよう申し入れ、これに対し係官は検討中である旨回答した。

10  昭和六〇年四月一一日、原告から前記係官に電話で前項に関する問い合わせがあつたので、同係官はFとは離婚していることから非ヘボン式表示は認められず、また「げのいみつただ」名義で二重発給を受けているが、旅券法違反であるので当該旅券を返納すること、返納なき場合は告発及び旅券の没取をすることもある旨伝えた。

ところが、同日、原告が外務省旅券課を訪れたので、右係官は、原告に対し二重発給された本件「げのいみつただ」名義旅券は法四条の二に違反し無効であるとして、右旅券の返還を求めたが、原告が応じないため、右旅券が返還されるまで本件「とのいじゆうせい」名義旅券は外務省で保管しておく旨申し入れたところ、原告はこれを承諾し、その場で本件旅券返納書を作成し、右係官に交付したのである。

11  昭和六〇年九月五日、原告が外務省旅券課を来訪のうえ、同課で保管中の本件「とのいじゆうせい」名義旅券の返還を請求したので、係官において同旅券を返還するとともに、本件「げのいみつただ」名義旅券は法二五条に基づきこれを没取する手続をした。

12  以上のとおり、原告は、本件「とのいじゆうせい」名義旅券を外務省で保管することを任意に承諾したものであり、係官において、原告に対し、旅券の二重発給に関して告発や旅券の没取もありうることを警告したことはあるが、それ以上に脅迫や強要をなしたことはない。

更に、原告は、昭和五九年四月二六日、有効期間五年の本件「とのいじゆうせい」名義旅券の発給を受けておりながら、その有効期間中である同年六月二六日、重ねて本件「げのいみつただ」名義旅券の発給申請をする際、同申請書中の前回発給を受けた旅券に関して記載すべき欄に何らの記載をせず、また現に有効な旅券を所持しているか否かについて記載すべき欄に「いない」と記載し、旅券の二重受給を意図的になしたものである。すなわち、原告はその戸籍上の氏名「外井充正」の呼称が従来「そといみつまさ」であつたのに、その後これを「とのいじゆうせい」と変更し、更に本件「げのいみつただ」名義旅券の申請に当たつては右呼称を「げのいみつただ」という著しく不自然な呼称に変更しているが、これは原告が同五九年五月二九日本件「とのいじゆうせい」名義旅券でフィリピン国に入国しようとしたが、同国から「そといみつまさ」と同一人物であるとして入国を拒否されたことから、右呼称を変更し同年六月二六日本件「げのいみつただ」名義旅券の発給申請をしたのである。

従つて、本件「げのいみつただ」名義旅券は、法四条の二に違反して発給されたものであつて無効であるのみならず、法二五条に基づき外務大臣がこれを没取できるものである。

四  被告の主張に対する認否及び反論

(認否)

1 被告の主張1の事実は認める。

2 同2の事実のうち、原告がフィリピン女性の不法周旋の疑いで逮捕されたことは否認し、その余は認める。

3 同3ないし7の事実は認める。

4 同8の事実のうち、原告が本件「げのいみつただ」名義旅券で、同五九年一二月一七日及び同六〇年一月一九日の二回出国していることは認め、その余は不知。

5 同9の事実のうち、原告が外務省旅券課を訪れたことは認め、その余は不知。

6 同10の事実のうち、原告が、昭和六〇年四月一一日、外務省旅券課の係官に電話したこと、同日、原告は、同旅券課を訪れ、本件旅券返納書を作成し、係官に交付したことは認め、その余は否認する。

7 同11の事実は認める。

8 同12の事実のうち、原告が本件「げのいみつただ」名義旅券の発給申請をした際、同申請書中の前回発給を受けた旅券に関して記載すべき欄に何らの記載をせず、また、現に有効な旅券を所持しているか否かについて記載すべき欄に「いない」と記載したこと、原告の戸籍上の氏名が「外井充正」であつたが、その呼称を「そといみつまさ」、「とのいじゆうせい」、「げのいみつただ」などと変更したこと、原告は、昭和五九年五月二九日、本件「とのいじゆうせい」名義旅券でフィリピン国に入国しようとしたが、同国から「そといみつまさ」と同一人物であるとして入国を拒否されたこと、原告は、同年六月二六日、本件「げのいみつただ」名義旅券の発給を申請したことは認め、その余は否認する。

(反論)

原告が本件「げのいみつただ」名義旅券の発給申請をした際、同申請書中の前回発給を受けた旅券に関して記載すべき欄に何らの記載をしなかつた理由は、それが「げのいみつただ」名義旅券に関するものであると解釈したからであり、また、現に有効な旅券を所持しているか否かについて記載すべき欄に「いない」と記載した理由は、同申請時に本件「とのいじゆせい」名義旅券を紛失していたと思つていたからである。

なお、法一九条及び一八条は、外務大臣が錯誤に基づき旅券の発給をした場合においては、外務大臣が当該旅券の名義人に対して期限を付けて当該旅券の返納を命じ、その期限内に当該旅券が返納されなかつたときなどに、当該旅券がその効力を失う旨定めている。しかるに、外務大臣は、原告に対し、本件「げのいみつただ」名義旅券の返納を命じていない。

従つて、同旅券は、昭和六〇年八月二四日入国審査官が出国の確認を拒否した当時、有効であつた。

第三  証拠〈省略〉

理由

一次の事実は当事者間に争いがない。

1  原告は、戸籍上の氏名が「外井充正」であつたところ、昭和五三年四月八日、「そといみつまさ」の呼称で、神奈川県知事を経由して外務大臣に対し、旅券の発給申請をし、同月一〇日、旅券①の発給を受けたが、同五六年一一月二四日、同旅券を紛失したとして、同旅券の再発給申請をし、同年一二月一二日、旅券②の再発給を受けたこと、

2  原告は、昭和五七年一〇月二一日、フィリピン人女性M・S・M(一九五七年三月三一日生)との婚姻の届出をしたが、同年一一月七日、フィリピン国において逮捕され、告訴取下げにより釈放されたこと、

3  原告は、昭和五八年四月一五日、旅券②の期間満了に伴い、「そといみつまさ」の呼称で、神奈川県知事を経由して外務大臣に対し、旅券の発給申請をし、同月二六日、旅券③の発給を受けたこと、

4  原告は、昭和五九年四月二四日、「とのいじゆうせい」と呼称が変更したとして、神奈川県知事を経由して外務大臣に対し、旅券の発給申請をし、同月二六日、本件「とのいじゆうせい」名義旅券の発給を受けたが、同申請に際し、旅券③を外務大臣に返納したこと、

5  原告は、昭和五九年五月二九日、本件「とのいじゆうせい」名義旅券によりフィリピン国に入国しようとしたが、同国官憲から、「そといみつまさ」と同一人物であるとして、入国を拒否されたこと、

6  原告は、昭和五九年六月二六日、「げのいみつただ」の呼称で、東京都知事を経由して外務大臣に対し、旅券の発給申請をし、同月二八日、本件「げのいみつただ」名義旅券の発給を受けたが、右申請に際し、同申請書中の前回発給を受けた旅券に関して記載すべき欄に何らの記載をせず、また、現に有効な旅券を所持しているか否かについて記載すべき欄に「いない」と記載したこと、そして、原告は、本件「げのいみつただ」名義旅券を使用し、同年一二月一七日及び同六〇年一月一九日の二回出国していること、

7  原告は、昭和六〇年一月五日、F・W・A(一九六一年二月一三日生)との婚姻の届出をし、氏を「外井」から「F」に変更した旨の届出をしたが、同年三月二八日同女との離婚の届出をし、同日、フィリピン人女性L・R・S(一九六〇年九月一二日生)との婚姻の届出をしたこと、

8  原告が昭和六〇年八月二四日、新東京国際空港において入国審査官に対し、本件「げのいみつただ」名義旅券を提示したところ、同審査官が外務省から同旅券が無効である旨の通知を受けていたので出国の確認を拒否したこと、

9  昭和六〇年九月五日、原告が外務省旅券課を訪れ、同課で保管中の本件「とのいじゆうせい」名義旅券の返還を請求したので、係官が同旅券を返還するとともに、法二五条に基づき、原告から本件「げのいみつただ」名義旅券を没取する手続をしたこと、

二先ず、原告は、外務大臣が本件「げのいみつただ」名義旅券を没取したのは違法である旨主張するので、この点につき判断する。

1  法によれば、国内において、旅券(二条二号)の発給を受けようとする者は、都道府県に出頭の上都道府県知事を経由して外務大臣に旅券発給申請書及びその他の書類を提出して外務大臣に旅券の発給を申請し(三条)、同大臣は右申請に基づいて旅券を発行し、これを都道府県知事が当該申請書に交付するものとされている(五条一項、六条一項)。

旅券は、一国の国民が外国に旅行するときに、その本国が本人の身分、国籍を証明し、併せて外国官憲に本人に対する便宜供与及び保護を依頼する文書であるから、これが本人又は他人によつて悪用されるにおいては、国家としての信用にも関わることになる。そこで、法は、かかる事態の発生を防止するために、第一に、旅券の発給を受けた者は、その旅券が有効である限り、外務大臣又は領事官がその者の保護又は渡航の便宜のため特に必要があると認める場合を除き、重ねて旅券の発給を受けることができない旨定める(四条の二)とともに、第二に、旅券の発給申請に関する書類に虚偽の記載をすること、その他不正の行為によつて当該申請に係る旅券の交付を受けた者(二三条一項一号)他人名義の旅券を行使した者(同項二号)、行使の目的をもつて、旅券を他人に譲り渡し、若しくは貸与し、又は他人名義の旅券を譲渡若しくは貸与を受けた者(同項三号)、法一九条一項の規定により旅券の返納を命ぜられた場合において、同項に規定する期限内にこれを返納しなかつた者(同項四号)、効力を失つた旅券を行使した者(同項五号)等を処罰する旨定め、更に、右該当者の旅券を外務大臣が没取することができる旨定めている(二五条)のである。

したがつて、旅券の発給を受けた者が、その旅券が有効であるにもかかわらず、重ねて、旅券の発給申請書等に虚偽の記載をしたこと、その他不正の行為によつて旅券の交付を受けた者については、違法な旅券の所持者として、外務大臣は、右の違法な状態をすみやかに除去し、同旅券が行使されないようにするために、行政上の即時強制の手段の一つである没取によつて、直ちに当該旅券の所持を剥奪することができるのである。

そして、法は、旅券の発給を受けた者が重ねて旅券の発給を受けることがないようにするため、旅券の発給を受けようとする者は、旅券発給申請書中の「前回発給を受けた旅券について記入して下さい。」との欄に前回発給の「年月」及び「渡航先」等を記入し、また、「現に有効な旅券を所持していますか。」との欄に、「いる」か、「いない」かを記入し、「いる、と答えた方は次の欄に所要事項を記入して下さい。」「当該旅券の番号」、「発行官庁及び発行地、発行年月日」、「二重に旅券の発給を受けようとする理由」との欄にそれぞれ所要の事項を記入した申請書を提出すべきものと定めている(法三条一項一号、旅券法施行規則一条参照)。

したがつて、旅券の発給を受けた者が、その旅券が有効であるにもかかわらず、これを秘し、旅券発給申請書に事実と異なつた記載をし、重ねて、当該申請に係る旅券の発給を受けた場合には、「申請に関する書類に虚偽の記載をすることその他不正の行為によつて当該申請に係る旅券の交付を受けた者」(二三条一項一号参照)に該当する違法な旅券の所持者として、当該旅券が外務大臣によつて没取され得るのである。

2  外務大臣が本件「げのいみつただ」名義旅券を没取することができるか否かについて、検討する。

前記事実に加え、〈証拠〉を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和二〇年一二月一四日に出生し、同五四年八月二九日、父の戸籍から分籍し、以後同六〇年四月一八日までの間に二〇回に亘つて転籍したり、また、戸籍役場に対し、同五六年三月一九日、アメリカ国籍の女性との婚姻の届出をしたが、同年五月一一日には、同女性との離婚の届出をしたことを初めとして、以後同六〇年四月一八日までの間に一九回(但し、本件「とのいじゆうせい」名義旅券の発給申請前の同五九年四月二二日までは一六回)に亘つてアメリカ国籍女性(二名)及びフィリピン国籍女性(一七名)との婚姻の各届出及びその各届出から極く短期間のうちに一八回(但し、同五九年四月二二日までは一六回)に亘つて同女性との離婚の各届出を繰り返したり、更に右婚姻及び離婚の各届出に伴い、戸籍役場に対し、氏を、同六〇年一月五日「外井」から「F」に、同年四月三日「F」から「L」に、同月六日「L」から「F」に、同月一八日「F」から「L」に、同年一一月七日「L」から「外井」に、各変更する旨の届出をしたり、また、外井充正の呼称を「そといみつまさ」、「とのいじゆうせい」、「げのいみつただ」などと変えていること、

(二)  原告は、昭和五六年三月一九日から同年一二月二八日までには、アメリカ国籍女性一名及びフィリピン国籍女性八名と婚姻及び離婚の各届出を繰り返し、婚姻期間は最も長期間の場合でも一か月余、その他の場合には、九日間から二〇日間位であつたこと、原告は、同五七年一一月ころ、「そといみつまさ」名義の旅券②を所持してフィリピン国に渡航し、同国において、同月七日、フィリピン人女性の不法周旋の疑いで同国官憲に逮捕されたが、告訴の取下げによつて釈放されたこと、

(三)  原告は、昭和五八年四月一五日、旅券②の有効期間満了に伴ない、神奈川県知事を経由して外務大臣に対し、旅券発給申請をし、同月二六日、「そといみつまさ」名義の旅券③の発給を受けたが、同五九年四月二四日、外国官憲の目をくらますために、「とのいじゆうせい」と呼称を変更したとして、同知事を経由して外務大臣に対し、旅券発給申請をし、同月二六日、本件「とのいじゆうせい」名義旅券の発給を受けたこと(なお、旅券③は右申請時に返納された)

(四)  原告は、昭和五九年五月二九日、本件「とのいじゆうせい」名義旅券を所持してフィリピン国に入国しようとしたが、同国官憲により、「そといみつまさ」と同一人物であるとして入国を拒否されたこと、そこで、原告は、「とのいじゆうせい」、「そといみつまさ」のいずれとも別人であるかのように装うために、「げのいみつただ」名義の旅券を二重に取得しようと企て、同年四月二一日、本籍を神奈川県海老名市今里一〇〇番地から同県相模原市相模大野六丁目二六番に転籍させたうえ、同年六月二六日住居を神奈川県相模原市相模大野から東京都品川区東五反田に変更したうえ、同日「げのいみつただ」の呼称で東京都知事を経由して外務大臣に対し、旅券発給申請をしたこと、同申請に際し、同申請書中の「前回発給を受けた旅券に関して記入して下さい。」との欄に、本件「とのいじゆうせい」名義旅券について記載すべきであるのにこれを秘して、何らの記載をせず、また、「現に有効な旅券を所持していますか。」との欄に「いない」と虚偽の記入をして右申請をし、同月二八日、本件「げのいみつただ」名義旅券の発給を受けたこと、そして、原告は、同旅券でフィリピン国に同年一二月一七日及び同六〇年一月一九日の二回渡航していること、

(五)  原告は、昭和六〇年一月五日

フィリピン国籍女性F・W・Aとの婚姻の届出をし、氏を「外井」から「F」に変更した旨の届出をした(同年三月二八日同女との離婚の届出をし、同日、同国女性L・R・Sとの婚姻の届出をし、同年四月三日、氏を「F」から「L」に変更した旨の届出をした。)うえ、同年三月一六日、神奈川旅券事務所を訪れ、原告の氏の「外井」から「F」への変更に伴ない、本件「とのいじゆうせい」名義旅券の記載事項訂正許可申請手続をし、同日、同職員に同旅券を提出したこと、ところが、同月一八日、パキスタン航空社係員から神奈川県庁に対し、「とのいそといふろ―れすげのい」と自称する者について、旅券発給事実の確認方依頼があり、調査の結果、本件「とのいじゆうせい」名義旅券発給後二か月余の間に、本件「げのいみつただ」名義旅券が二重に発給されている事実が判明したこと、

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、原告は、本件「げのいみつただ」名義旅券の発給申請において、同申請書に虚偽の記入をしたうえ、法四条の二の規定に違背して、重ねて本件「げのいみつただ」名義旅券の交付を受けたものと認めるのが相当である。

そうすると、原告は、本件「げのいみつただ」名義旅券の申請に関する書類に虚偽の記載をしその他不正の行為によつて同旅券の交付を受けた者ということができるから、同旅券は外務大臣が没取することができるものといわざるを得ない。

したがつて、本件「げのいみつただ」名義旅券の没取には何らの違法もなく、この点に関する原告の前記主張は採用することができない。

三原告は、昭和六〇年八月二四日新東京国際空港において入国審査官に対し本件「げのいみつただ」名義旅券を提示したところ、同審査官が外務省から同旅券が無効である旨の通知を受けていたので出国の確認を拒否したことは違法である旨主張するので、判断する。

外国に旅行するために出国する日本人は、有効な旅券を所持し、入国審査官の出国の確認を受けなければ出国できない(出入国管理及び難民認定法六〇条)ところ、入国審査官が外務省から本件「げのいみつただ」名義旅券が無効である旨の通知を受けていたので出国の確認を拒否したことは当事者間に争いがないが、同旅券が、違法な旅券として外務大臣によつて没取が許され得る旅券であつたことは前記説示のとおりである。

そうすると、国がかかる違法な旅券の所持者に対し、これを有効な旅券の所持者として処遇すべき義務はないものということができるから、入国審査官が、原告につき、有効な旅券を所持していないとして、その出国を確認しなかつたことには何らの違法もないものといわざるを得ない。

なお、原告は、本件「げのいみつただ」名義旅券につき、法一九条一項所定の返納命令がないから、入国審査官が出国の確認をした当時右旅券は有効であつた旨主張するが、原告が右違法な旅券の所持者としてこれが行使することの許されないことは前記説示のとおりであるから、法一九条一項所定の返納命令の存否にかかわらず、入国審査官が原告につき有効な旅券の所持者として扱わなかつたといつて、これをもつて違法であるということはできない。

したがつて、原告の前記主張は採用することができない。

四原告は、外務省が本件「とのいじゆうせい」名義旅券を昭和六〇年三月一六日から同年九月五日まで不当に保管してこれが返還を拒否したうえ、本件「げのいみつただ」名義旅券を返納しないと旅券の二重取得禁止違反事件として告訴するなどと脅し、本件旅券返納書の作成を強要したことは違法である旨主張するので、判断する。

1  原告が、昭和六〇年一月五日、神奈川県海老名市役所に対し、フィリピン国籍のF・W・Aと婚姻した旨及び戸籍法一〇七条二項に基づき氏を「外井」から「F」に変更する旨の各届出をし、これが受理されたこと、そこで、原告は、同年三月一六日、原告の右氏の変更に伴う旅券記載事項の訂正のため、神奈川県旅券事務所に赴き、同所職員に対し、本件「とのいじゆうせい」名義旅券を提出したこと、その際、同所職員は原告に対し、「訂正のために旅券を外務省に送付するが、約二週間程で手続が済むので、それが済み次第原告に通知する。」旨述べたこと、原告は、同年三月二八日、F・W・Aとの離婚の届出をし、同日フィリピン国籍のL・R・Sとの婚姻の届出をしたこと、原告は、同年四月一一日外務省旅券課に赴き、本件旅券返納書を作成したこと、原告は、本件「げのいみつただ」名義旅券によつて、同五九年一二月一七日及び同六〇年一月一九日に出国し、また、同年八月二四日同旅券によつて出国しようとしたが、入国審査官によつて出国の確認が拒否されたこと、同年九月五日、原告は、外務省旅券課に赴き、同課係官に対し、本件「とのいじゆうせい」名義旅券の返還を請求し、同係官は同旅券を原告に返還するとともに、原告から本件「げのいみつただ」名義旅券を法二五条に基づいて没取する手続をしたことは当事者間に争いがない。

2  前記事実に加えて、〈証拠〉によれば次のとおりの事実が認められる。

(一)  原告は、本件「げのいみつただ」名義旅券を所持し、昭和五九年一二月一七日フィリピン国に渡航し、同月二二日帰国し、更に、同旅券を所持し、同六〇年一月一九日フィリピン国に渡航し、同月二八日帰国したこと、

(二)  原告は、外国官憲(特にフィリピン国官憲)の目をくらませるために本件「とのいじゆうせい」名義旅券の氏の訂正を企図したこと、そして、原告は、昭和六〇年一月五日F・W・Aと婚姻した旨及び氏を「外井」から「F」に変更する旨の各届出をしたうえ、同年三月一六日、神奈川県旅券事務所に赴いて、本件「とのいじゆうせい」名義旅券を提出し、右氏の変更に伴なう同旅券の氏の記載を外井からFと非ヘボン式表記に訂正するための申請手続をしていたが、同月二八日F・W・Aとの協議離婚の届出をし、同年四月三日、氏をFからLに変更する旨の届出をし、更に、同月六日、同女との協議離婚の届出をし、同日、氏をLからFに変更する旨の届出をしたうえ、同日、外務省旅券課に赴き、同課係官に対し、右旅券の記載事項訂正申請を至急許可するように申し入れたこと、これに対し、同係官は、原告に係る同五七年一一月七日フィリピンにおけるフィリピン女性の不法周旋の容疑による逮捕の件、同五九年五月二九日フィリピン国において原告が「そといみつまさ」と同一人物であるとして入国を拒否された件及び原告の虚偽の申請により本件「げのいみつただ」名義旅券を二重に取得した件について調査中であつたことから、原告に対し、右訂正申請の件は、目下検討中であり、数日中に結論を出したい旨述べたこと、

(三)  原告は、昭和六〇年四月一一日午前中、外務省旅券課に架電し、前記訂正方申請中の本件「とのいじゆうせい」名義旅券を取得したいので外務省に出頭したい旨告げたこと、同課係官は、原告がL姓からF姓に戻つたことまでは知らなかつたので、原告は既に妻Fと離婚し、戸籍がLとなつているので、F姓の非ヘボン式表記は認められない。また、原告が本件「とのいじゆうせい」名義旅券のほかに、本件「げのいみつただ」名義旅券の発給を受けていることも判明しているが、この行為は明らかに旅券法違反であるので、すみやかに、現在所持している本件「げのいみつただ」名義旅券を返納されたい。もし、右返納がない場合には、告訴も考えている。また、旅券を没取することもありうる旨述べたこと、原告は、同日午後、外務省旅券課に出頭したので、同課係官が原告に対し、本件「げのいみつただ」名義旅券の返還を求め、同旅券が返還されるまで、本件「とのいじゆうせい」名義旅券を保管しておく旨述べたところ、原告は、同係官に対し、当時の氏名がF充正であるにも拘らず、「現在「げのい」姓を名乗つているから、本件「げのいみつただ」名義旅券は正当旅券であつて返納することができない。しかし、本件「とのいじゆうせい」名義旅券は返納する。」旨述べたうえ、同係官の求めに応じ、原告は、本件「げのいみつただ」名義旅券を申請した理由及び本件「とのいじゆうせい」名義旅券の処置についての原告の供述内容を明確にしておくために本件旅券返納書(乙第一号証の二、第二号証)を作成し、同係官にこれを交付し、本件「とのいじゆうせい」名義旅券の返還を求めなかつたこと、そこで、同係官は、本件「げのいみつただ」名義旅券は、旅券法に違反して発給を受けたものであるので、無効であり、いずれ外務大臣において没取する旨述べたこと、

(四)  原告は、昭和六〇年四月一八日、再びL・R・Sとの婚姻の届出をしたうえ、同日、氏をFからLに変更する旨の届出をしたこと、

(五)  原告は、昭和六〇年八月二四日、本件「げのいみつただ」名義旅券で出国しようとしたが、入国審査官によつて出国の確認が拒否され、それが外務省からの同旅券が無効である旨の連絡に基づくものであり、同旅券では今後出国できないことを知つたこと、そこで、原告は、同年九月五日、外務省旅券課を訪れ、同課係官に対し、本件「げのいみつただ」名義旅券を提出し、本件「そといじゆうせい」名義旅券の返還を求めたので、同係官は同旅券を返還するとともに、本件「げのいみつただ」名義旅券を法二五条に基づいて没取する手続をしたこと、

(六)  原告は、昭和六〇年一一月七日、氏をLから外井に変更する旨の届出をしたこと、

(七)  更に、原告は、昭和六〇年五月二一日当時戸籍上の氏名が「L充正」であるにも拘らず、同日付本件訴状並びに同年六月一三日付及び同年七月一八日付各準備書面の原告の表示を「外(そと)井(い)充(みつ)正(まさ)ことF充正」と記載したうえ、「外井充正ことF充正」又は「F充正」と署名し、同六〇年九月二六日付準備書面において、原告の表示を「外井充正ことL充正」と記載して、署名し、同年一二月一八日当時の戸籍上の氏名が「外井充正」であるにも拘らず、同日準備書面には原告の表示を「外(そと)井(い)充(みつ)正(まさ)ことF充正」と記載して、署名し、同日の第四回口頭弁論期日において、原告の氏名を「外井充正」と訂正し、その呼称は未定である旨陳述していたが、結局、「そといみつまさ」と決定する旨陳述したこと、

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、原告は著しく遵法精神に欠けるのみならず、その生活態度及び言動もまた極めて異常であるというべきであるところ、外務省旅券課係官は、かかる原告が違法な本件「げのいみつただ」名義旅券を所持しているので、原告に対し、この場合の旅券法に基づく措置を説明し、かつ、原告の右違法行為に対する弁解の趣旨などを明確にしておくために本件旅券返納書を作成させ、更に、原告の意思を十分確認したうえ、本件「そといじゆうせい」名義旅券を保管していたものと認めるのが相当である。

そうすると、外務省旅券課係官の行為には何らの違法もなく、原告の前記主張は採用することができない。

五以上の次第であるから、原告主張の被告の係官らの行為は、いずれも国家賠償法一条一項にいう違法な行為に該当するものとは認めることができない。

六よつて、原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官古館清吾 裁判官橋本昇二 裁判官足立謙三は転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官古館清吾)

旅券返納

昭和五十九年に、げのい名義の旅券申請をした際、当方は、それ以前に申請し所有していたとのい名義の旅券の存在を忘れていたか又は、それが既に期間切れになつたものと勘違いをしていて、その所有の申告を忘れたものであります。

昭和六十年三月に到り、外務省係員に指摘され、ここに、すみやかに、とのい名義の旅券を返納致します。

外務大臣 殿

昭和六十年四月十一日

げのいみつただ

こと F    充正

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